美徳 後編

 

 




宵の暮れ。

 

ばぁん、と扉が壊れそうな音をたてて大きく開かれた。

 

「おい、てめぇ親仁ぃ!」

 

喧嘩腰で声をかけてきた男たちに、親仁は負けないくらいの喧嘩腰で答えた。

 

「んだコラァ!」

 

男たちはその剣幕に一瞬怯むが、ジジイになりかけの男たった一人で何ができるのかと思い直し、余裕を取り戻す。

 

「てめぇ、最近チョーシ乗ってんじゃねーの」

 

「てめぇ一人逆らったところで何ができるってんだよ、オッサンよォ」

 

「おじょーちゃんにも馴れ馴れしくしやがって」

 

「さっさと立ち退けってんだ」

 

その男たちが、昼間ウィオンを取り囲んで情けない様相を晒していた者たちだと、親仁はすぐに気付いた。

 

「お前等が俺の畑を荒らしたのか?」

 

静かに問いかけると男たちは薄暗がりの中でも分かるほど顔をニヤつかせた。

 

「さぁなぁ?」

 

「荒らされたのかよ?いい気味だなぁ?」

 

「さっさと立ち退かねぇからだぜ」

 

「二度とおじょーちゃんにちょっかい出すんじゃねーぞ」

 

「さっさと出てけやオラァ!」

 

声と共にがんっと近くのテーブルを蹴り飛ばしたところで、目の前に肌色の何かを捕らえ、テーブルを蹴り飛ばした男の意識は途絶えた。

 

「――――――――――あ?」

 

どさり、と仲間が倒れた物音に振り向いた男たちは、いつの間にかそこに親仁がいることに仰天し、その足元に仲間が倒れていることに逆上した。

テーブルを蹴り倒した男は鼻の骨が折られているのか鼻が潰れ鼻血を垂らしている。

 

「―――――――店の備品を壊すんじゃねぇ」

 

低い親仁の声。

 

「んだとォ!?ふざけんなクソジジぶっ!」

 

腕の筋肉が血管を浮かび上がらせて凄まじいスピードで振るわれる。

 

「なっ!?何しやががががが」

 

顔面を掴んで吊り上げる。

 

「おわぁぁぁああああ!こんのバケモノジジいギっ!?」

 

その大柄な体躯からは想像もつかないスピードで放たれた回し蹴りが側頭部にめりこむ。

 

「―――まだやるか?」

 

残った一人にちら、と目をくれると、腰を抜かしてぶんぶんと首を振る。

 

 

数十分後。

ジジイになりかけの男一人にこてんぱんにやられたチンピラ五人は店の床に正座させられて犯行の動機を聞きだされていた。

 

チンピラA

「あのっ!テテテテーブル壊しちまってすんませんでしたっ!」

 

チンピラB

「そのっ!おじょーちゃんと仲良いのがなななんかムカついてすんませんでしたっ!」

 

チンピラC

「じじ実はっ!ボスからその内襲撃かけろって言われたのもあってすんませんでしたっ!」

 

チンピラD

「つつつついキレちまって畑荒らしてすんませんでしたっ!」

 

チンピラE

「そそそそのっ!扉乱暴に開けてすんませんでしたっ!」

 

「・・・・・・・・。」

 

親仁の沈黙とブルーグレーの隻眼にびくびく怯えていた男たちは、親仁の次の言葉に一瞬呆気に取られた。

 

「お前等、店を手伝え」

 

 

 

一週間後

 

「らっしゃーい!」

 

「そこの美人のネェちゃん寄ってけって!美味いぜここォ!」

 

親仁の店からは威勢のいい声が響いていた。

ウィオンはその声につられて顔をのぞかせる。

 

「こんにちは。どうしたの?すっかり盛り上がっちゃって」

 

「じょーちゃーん!野郎どもじょーちゃんが来てくれたぜ早いもん勝ちだぁ!」

 

店頭で呼び込みをしていた気持ちのいい青年が聞き覚えのある声で叫んだので、ウィオンは訝しげに眉を上げた。―――こんな知り合い居ただろうか?

 

「仕事しやがれ小童ぁ!」

 

「あだっ!」

 

店の中からメニューの書かれた板が親仁の声と共に飛んできて青年の頭に当たった。

 

「大丈夫?」

 

超絶可愛らしすぎる声で訊ねると、青年はでれっとした顔をして首振り人形と化した。

 

「おう、イオじゃねーか。なんか食ってくか?」

 

「ううん、今日は買い物に来ただけよ。・・・それより、いつ人を雇ったの?」

 

「前にイオが来た時だな。覚えてねぇか?七日前お前が来た時、俺が声をかける前に喋くってた連中じゃねぇか」

 

「・・・・・・・えぇ!?」

 

あの時とのあまりの落差に気付きませんでした。

そんな声を内心抱えてよくよく見ると、確かにあの時話していたチンピラである。しかしだらしなく服を着崩してじゃらじゃらナイフを下げていた男たちとはまるで正反対な格好である。

爽やかな笑顔、尊い労働で光る汗、安物ではあるがさっぱりとして趣味のいい服。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・えええ!?」

 

「畑を荒らした奴らの仲間でな、お詫びに働くってんで働かせてやってんだ」

 

「そうなの・・・いい人たちだったのね」

 

その言葉に、仕事をほっぽりだしてウィオンのところへ集まっていた男たちはそろって顔をへらりと笑み崩す。

 

「働きやがれ野郎どもっ!何サボってやがる!」

 

怒鳴る親仁の口添えによってウィオンに好印象を与えることができた男たちはこれから先、親仁には頭が上がらないようになるに違いなかった。

 

 

 

 


もどる